一定の年齢を超えた男の人は
王国の新しい柱になる
一定の年齢を超えた女の人は
愛国家たちのおやつとなる
設定を無視した果物屋が
ただの世間話をしだした
さっきまで林檎だった男が
愛国家たちに耳打ちをする
決められた歩数の中で
私はすばらしい旅行をして
決められたセリフの中で
私は人の悪口を言う
ソックスの穴の中から生まれた
とても邪悪な人達さえも
王手企業の看板の中で
とてもすばらしい笑顔をみせる
ジェンガの家系に生まれた為に
私は重なり協力しあう
パズルの家系に生まれた為に
私は仲間を大切にする
決められた時間の中で
私は決められた遅刻をして
決められた法律の中で
私は決められた罰を受ける
すばらしい王国の名前は王国
私はこの国を愛している
すばらしい私の名前は王国
私はこの日々を愛している
王国の新しい柱になる
一定の年齢を超えた女の人は
愛国家たちのおやつとなる
設定を無視した果物屋が
ただの世間話をしだした
さっきまで林檎だった男が
愛国家たちに耳打ちをする
決められた歩数の中で
私はすばらしい旅行をして
決められたセリフの中で
私は人の悪口を言う
ソックスの穴の中から生まれた
とても邪悪な人達さえも
王手企業の看板の中で
とてもすばらしい笑顔をみせる
ジェンガの家系に生まれた為に
私は重なり協力しあう
パズルの家系に生まれた為に
私は仲間を大切にする
決められた時間の中で
私は決められた遅刻をして
決められた法律の中で
私は決められた罰を受ける
すばらしい王国の名前は王国
私はこの国を愛している
すばらしい私の名前は王国
私はこの日々を愛している
2 Comments
2011/08/27
Delete
人に「人」という名前を付けたり犬に「犬」という名前を付けたりすることはナンセンスで滑稽なことだと思いますが実際それをしたとしたら滑稽を通りこして「人」って何だろう?、「犬」って何だろう?というゲシュタルト崩壊的恐怖を呼び起こすかもしれませんね。柱やおやつとして王国の仕組みの中に綺麗に嵌め込まれている男の人や女の人の姿に「国」って何だろう?「社会」って何だろうというゲシュタルト崩壊を誘われました。
この王国の仕組みはあと千年でも万年でも続きそうな雰囲気ですね。どこかに時の流れを置き忘れてきてしまったようないびつな平和さを感じました。奥行きを欠いた薄っぺらい千年王国。でもそれは確かに愛すべき平和な国でもあるようにも思われました。
けれど私がジェンガの家系であることが言及される時そこには王国の崩壊のイメージもオーバーラップしますね。崩れる瞬間があってこそジェンガはゲームとして成立する。現実はゲームではない。そう?、ロングスパンなだけで現実もやっぱりゲームの一種?。「私」がこの国とこの日々を愛しているのは本当でしょうけどジェンガの家系の者としてタワーの崩れる瞬間もすごく意識しているように思いました。心の片隅には崩壊に対する渇望すらあるかもしれないなと考えました。
徳川時代は300年ぐらい続きましたけどその150年目位に生活してた人の気持ちはこの作品みたいだったかもと考えました。そして300年体制の150年目という状況と今日を生きる私達の状況にはちょっと通じる部分もあるかもしれないと思いました。
ただ作品としての面白さは上記のようなこの作品から連想される事柄とはまた別のところにあると思います。うまく言えませんが言葉で表現するのにもっとも適した作品世界・面白味がこの作品にはあってそこが魅力なのだと思います。これを映像で描くと寓意臭が強くなりすぎるでしょう。言葉で表現してあると、寓意とか象徴などという何かを指し示す形代という次元を超えて、一つの奇異で興味深い実体験・実景として楽しめるように感じました。言葉という表現方法の特性を最大限生かしている作品という印象でしたのでこれを歌にした場合にどうやっておもしろい作品にしていくのかはまったく想像ができませんでしたがそれはきっと私が思いつかないだけでやりかたは色々あるだろうなと思いました。
2012/01/12
おそらく私の乏しい読解力では
この詞の内容を100%理解は出来ていないと思いますがw
余りの濃い詞世界に圧倒されたので
コメントさせて貰いました
なんだろう…
殺伐としているようで何処か安穏とした雰囲気
上手く説明出来ないんですが
ただ一つ言えるのは
この王国は良くも悪くも「人」で成り立っているんだなと
それは現実でも当たり前の事なんですけど
なんつーかイタイですね…
願わくば最後の
>すばらしい王国の名前は王国
私はこの国を愛している
すばらしい私の名前は王国
私はこの日々を愛している
これが「私」の本心であればいいなと思いつつw
次回作楽しみにしてます(#^.^#)